マーチング通信 特集記事

久保姫をたずねて ~耕徳山 栽松院・仙台に残るいわきの風~

 戦国時代を生き抜いた女性、久保姫(号は栽松院)。伊達政宗の祖母で、実はいわき( 陸奥国磐城)の出身であるというのを皆さんご存知でしょうか。
 今回、栽松院(仙台市若林区)へ仙台営業所のスタッフが取材に赴きました。現地に残る久保姫の足跡をご紹介します。

久保姫の生涯

 久保姫は陸奥国磐城領主・岩城重隆の娘。美人として名高かった久保姫は、白河城主・結城氏へ嫁入りすることになっていましたが、輿入れの道中、伊達晴宗率いる一団が強引に花嫁を奪い去ります。これに激怒した岩城氏でしたが、当の久保姫が晴宗を許して欲しいと幾度も嘆願。第一子を男子の無い岩城家の嫡男とすることで和解しました。夫婦となった二人は仲睦まじかったようで、晴宗は終生他に妻を娶らず、六男五女に恵まれています。

孫の伊達政宗が建立

 夫亡き後、髪を下した久保姫は福島・信夫地方に開基した寺院で晴宗の菩提を弔いますが、奥州仕置で失ってしまったため、白石城(現・仙台市泉区根白石)へ移ります。同地で晩年を過ごし文禄3年(1594)に亡くなりました。
 病で片目を失い、母親から疎まれた政宗を可愛がった久保姫。政宗もまた祖母を大変慕っていたようです。菩提供養のために栽松院を建立しました。

白樫

 樹齢1000年以上の白樫。男5人が手を繋いでようやく届く直径だったと言われていますが、今は朽ちて痩せ細り、3本の鉄柱で支えています。白山妙理権現(菊理媛神)を祀ったこの大樹は青葉城から望むことができ、政宗は頻繁に足を運んだそうです。

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